第15回 闘争モードになるまでの時間 交感神経の働き

オリンピックの季節がやってきました。レスリングに浜口京子選手が出場した2004年アテネオリンピックでは父のアニマル浜口氏が「気合だー!」とよく叫んでいました。皆さんは試合前にどんな気合を入れますか?テニスだと円陣を組むこともできないので一人でヨッシャーという感じでしょうか?
気合を入れることにより、脳の視床下部という部分が闘争モードに入ります。すると無意識のうちに交感神経が活発化し、体中に張り巡らされた交感神経末端から臓器にノルアドレナリンが放出されます。また交感神経は腎臓の上にある副腎髄質を刺激して血液中にアドレナリンを放出します。

ノルアドレナリンやアドレナリンは戦うためのホルモンです。戦うためには筋肉を動かす必要があります。ですから交感神経は心臓の鼓動を早くし、血圧を高くし、筋肉の血管を開きます。また肝臓に蓄えていたグリコーゲンを分解してブドウ糖にし、脂肪を遊離脂肪酸にして筋肉に血液とエネルギーを送ります。でも逆に皮膚の血管は収縮させて、怪我をしたときに出血しないようにします。体温を温存するために体中の毛が立ち鳥肌になって、ぶるぶると武者奮いが起きます。でもこれは人間が毛で覆われていた古い時代の名残です。
身体を動かすと酸素が足りなくなりますから気管を開いて呼吸をし易くして、酸素供給を促進します。戦っている最中にトイレへ行きたくなると困りますから、胃液の分泌を抑え消化管の動きを止め便秘状態にします。膀胱も広げて尿意を抑えます。闘争モードの時はセックスもできません。また瞳が開いて広い視野を得るようにします。周囲の敵を把握するためです。また脳内に放出されたノルアドレナリンは覚醒のホルモンといわれ、緊張を強くして意識を張り巡らし、周囲の敵を察知します。

このように挙げてくると人の身体は本当に良くできていると思いませんか?では気合を入れてから身体が闘争モードになるのにどのくらい時間がかかるのでしょうか?大相撲の立会いは幕内では4分以内と決まっているそうです。でも闘争モードになるのにこんなに時間が掛かっていたら敵に殺されてしまいます。驚かされたりしたときにドキッとします。
これは交感神経の働きですが、1秒もかかっていないと思いませんか?交感神経は2種類の神経線維で伝わります。1秒間に10m前後の伝達速度の神経線維が中枢神経から臓器のレベルまできて、そこで1秒間に1-2mの伝達速度の神経線維に刺激を伝えて臓器に行きます。ですから身長が1.7mの人の場合、脳が認識して交感神経の末端に刺激が届きカテコラミンが出るまでの時間は約0.2-3秒と思われます。
闘争モードを盛り上げるにはアントニオ猪木氏(元プロレスラー)の「1,2,3、ダーッツ」とか、「気合だー!」「ヨッシャー!」のほうが時間的に正しいと思います。
鶴巻温泉病院 病院長 鈴木 龍太
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執筆 鶴巻温泉病院 病院長 鈴木 龍太